コラム
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ランナーズハイ
2008-12-09

最近、ランニングにはまっている。昨年の11月2日にユニセフカップ西宮国際ハーフマラソンに出場したのが、きっかけだ。惨憺たる結果に終わった。這うようにゴールをした。制限時間(2時間30分)ギリギリだった。

リベンジをしようと、来年の3月8日(日)京都シティハーフマラソンにエントリーした。このところ、練習好きになった。走ることに「快感」を覚え始めている。よく、言われることだが「脳内モルヒネ」(エンドルフィン」が出るという。日曜日には、東京でセミナーがあったのだが、朝一番に皇居を走った。走りたくてたまらなくなる。本当に気持ちが良い。

12月は、今のところ30kmほど走った。できたら、1ヶ月に100kmは、走りたい。

長距離走というスポーツは、素質よりも何よりも「努力」がモノを言う。コツコツ頑張る人が、レースで良い結果を出す。

3月8日が楽しみだ。

テレビとのお別れ
2008-12-05

昨日、テレビを見ていた。

緒形拳さんの遺作「風のガーデン」を見ながら涙した。彼はこのドラマの中で、自分の息子が末期ガンであることを知り、心を痛める父親役を演じている。まさに、その撮影をしている最中に彼の体の中ではホンモノのガンが進行しているというのに・・・。

最近、テレビがくだらんと感じる。民放の各局の堕落ぶりには目を覆うばかりである。テレビが私達に押し付けてくる演出がとにかく気持ち悪い。

昨日、わかった。テレビには感動しないが、その中にあるリアリティには感動する。緒形さんがガンと闘いながら必死で演じていること、役者として、「人間の生と死」に関わる彼の哲学を伝えようとしている姿。感動した。

そして、わかった。くだらんテレビを見ている私がくだらん人間だということ。

テレビのリモコンを放り投げて、叩き壊した。1本空けてしまったワインも、リモコン破壊を手伝ったようだが。

とにかく、「時間泥棒」と決別した。

リモコンを破壊したこは後悔していないのだが、ちょっと後悔していることがある。来週の「風のガーデン」をどうやって見ようかと。緒形さんの演技だけは見たいから。

自分で考え、悩むこと
2008-12-04

スポーツの指導をしていると
「クリエイティブ」という言葉に良く出会う。

一瞬のひらめきで、局面を変えるようなプレーは、
見る人の心を奪う。「当たり前」のプレーには
ない素晴らしさだ。しかし、「ひらめき」を教えることはできない。

特に野球、やバレーボールを見ていて感じることだが、指導者がジュニア世代の選手に教えすぎる傾向がある。ただし、これはサッカーの世界でも同じである。どうしても「教える」のが好きな指導者が多い。しかし、ひらめきは教えられない。

イチローは少年時代に、自分で目標を立てた。オヤジと一緒に毎日バッティングセンターで悩んだ。考えた。だから、彼には「クリエイティブ」な部分が身に付いた。観客を「ハッ」とさせるプレーをする。

先日、高校の体育の先生方に「エンパワーメント理論」「コーチング」をお話しする機会を得たが、こんな質問が出た。
「自主性を伸ばすこと、大切だと思います。しかし、しっかりと叩き込むような指導も必要だと思います。小学校で叩き込まれる指導になれた子ども達が、高校生になって、いきなり自主性を求められた場合、適応できずに『叩き込む』指導者の学校へ変わるようなケースも見られる。どう思われるか?」という質問だ。

私の答え
「その指導者にもお立場があるでしょう。自分の高校を甲子園に出場させて、高校の名前を有名にするように命令されていたら、目先の勝利が大切になるでしょうね。すると、叩き込むような指導で、面白くない野球を教え込む方が正しいのかも知れません。しかし、サッカーのように戦う相手が『世界』であって、クリエイティブな選手がいないと勝てないような世界が最終目的であれば、そして目先の勝利にこだわらなくても良いのなら、私なら選手自身に悩ませ、考えさせることを選択します。確かにイチローのような選手がでる可能性は、極めて低いものです。それでも、自分自身で考える選手でなければ彼のようになれなかったのは、事実ですから。」

悩むこと、回り道に入り込むことを「損」だと思う傾向が今の世の中にはある。
「マニュアル本」が売れる。私にはアホらしい。

「血液型別取扱書」が今年売れた本の1位だというから、情けない。みんな、「これを知ったら、明日からできる」なんて文句に弱い。

人生そのものが、クリエイティブなものなのに。

金太郎飴のような人間が増えるのを助長しているのは、誰だ?悩むこと、考えること、回り道に入ることを避けない、そんな人を育てたい。

あと1ヶ月ですね
2008-12-04

今年も終わりに近づいて来ましたね。

2009年医療法人A&D文の里歯科クリニック、ならびに西田辺歯科クリニックは大きく飛躍する年になります。おかげで、2008年はそのための準備ができました。ジャンプの前にはヒザを曲げて少し屈む必要があります。今年は、その年でした。良い準備ができました。来年を楽しみにしておいてください。

今思えば、10年前の1999年「奇跡」が次々と起こりました。98年当時1日に来院される患者さんの数が12,3名だったのが、99年には45名に飛躍的に増えました。翌2000年には移転、増築まで行ったのです。

あれから、10年。今回も10年前の飛躍に劣らない「奇跡」を起こします。

マスコミに目をやると、流行語大賞が発表され、今年の漢字が発表され、音楽賞が発表され、紅白歌合戦の出場歌手が発表され・・・、年の瀬を感じさせる日が続きます。皆様、一年の締めくくり、12月をしっかりと生きていきましょう。来年のためにも!

いろんな意味で可愛そう
2008-11-28

器じゃないポジションに就いたことが可愛そう

「立場が人を育てる」という考え方もあるけど、それはもう少し下の立場でやって欲しいですね。一国の長という立場で「これから彼も成長するだろうから、もう少し見守ってあげましょう」とは言えないもの。しかも100年に一度といわれる深刻な経済状況をどのように打破するかという舵取りが必要な時期ではなおさら。

けど、たくさんの歯科医院、会社を見学させてもらいましたが、伸びてない組織は、「長」と呼ばれる人が「器じゃなかったね〜」という場合が多いことにも気づきます。本人も気の毒なんですよね。ミスキャストっていうのは。

「言葉」が稚拙で可愛そう

「お世継ぎ」で政治家家業を継承していく日本のやり方が、破綻をきたしていることを内外にわかりやすく証明してくださったことには感謝しています。学習院大学のOBたちも怒り心頭だとか。「マンガばっかり読んでるからだ!」「学習院の恥さらし」という声が聞こえてきそうです。よいこの皆さん、マンガばかりじゃダメですよ。ゲームばかりでもダメですよ。漢字が読めないことって言うのは、とっても恥ずかしいことなんですよ。

麻生さんの言いたいこと、分からないでもない。「不健康な生活習慣を送った結果、重篤な病気になったとしたら、それは本人の自己責任も考慮されるべきである」という考え方には、賛同できる部分も多い。私達が取り組んでいる「予防歯科」の発想にも近いところがある。しかし、麻生さんの発言が問題になる理由は「軽い」から。その辺のオッサンが飲み屋で喋ってる内容なら「いいこと言うね!」って感じで拍手が起こる内容なのだが、彼は「内閣総理大臣」。ここが問題で、ここがまだわかってないらしい。歴代の内閣総理大臣でこれほど頻繁に発言を撤回したり、謝罪する人も珍しいという。

けど、この「言葉」が重要だということに関しても、いくら小さな組織の「長」であろうとも「言葉」の重要性を認識できていないと大変なことになる。

麻生さんのことを「可愛そう」と思う前に、自分のことを反省しなければとも思う。

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