
こんにちは、受付の山本です。
マラソンを始めてもうすぐ2年が経とうとします。
きっと、医院のスタッフ誰よりも運動が苦手と胸を張って言えるくらい私は体育の授業とかも大嫌いでした。
スポーツ観戦は、大好きだけどいざ、自分がするなんてもってのほかでした。
そんな自分が2年間も長距離を走り続けているなんて、想像もしていませんでした。
でも、今は走ることによっていろんなことを考えさせられるし、いろんなことを気づかせてくれます♪
親元を離れて、気づけば数年・・・・。
そんな今の私を見て両親はどう感じてくれるのだろうと思い、地元(三重県)の志摩ロードパーティ ハーフマラソンにエントリーしてみました。
山道のくねくねしたコースなのは、なんとなく想像がつくんですが・・・・(涙)
この間の大阪国際女子マラソンもみなさんの声援でゴールできたし、それを思い出しながら走れたらと思います。
「楽しんで走る♪」この心は忘れずに4月18日、行ってきます。
サッカーはあまりルールが分からなくて
いつもテレビでは見ることは無いのですが、
たまたま見たスポーツニュースで
J1大宮のDF塚本泰史(たいし)選手=24歳が右大腿(だいたい)
骨の骨肉腫と診断され、手術で腫瘍(しゅよう)を切除し、
人工骨に置き換える手術をすることを知りました。
ニュースを見ていると
次の日から闘病生活に入る塚本選手は観客席からの応援でしたが、
会場には出場することの出来ない
塚本選手の背番号2のユニフォームとメッセージ
が大きく飾られていて、
選手がゴールする度に、2番のユニフォームにタッチし喜びを分かち合う
シーンを見ました。
その日は塚本選手の所属する大宮が勝ち
勝利者コメントに大宮の主将が
『今日は塚本選手の為に何が何でも勝つと決めていた』
と涙ながらに語っていました。
主将の熱い言葉に5分間のニュースでしたが、私も涙してしまいました。
日常生活への復帰は可能になるものの、担当医から
「サッカーはもうできない」と告げられたという塚本選手ですが、
チームの皆はもう一度一緒にサッカーが出来る事を
信じているようです。
チームもサポーターの方も信じて待ってくれているというのは
これから闘病生活に入る塚本選手には何よりものエネルギーに
なるんだと思いました。
塚本選手頑張ってください! 受付 濱田
こんにちは。歯科衛生士の加減です。
「20年前ってどんな子やったん?」
そう質問されたとき、皆さんならなんと答えられますか?
私は「普通やよ。。」それぐらいしか出てきませんでした。
20年前の記憶は遥か彼方過ぎで思い出すのが大変困難です(笑)
しかし「記憶思い出しお手伝いアイテム」もありますよね?
卒業アルバムや昔のクラスメイトとの会話などなど。。。
実は先日、20年前によく通っていた
「カフェ」へ行ってきました。
まだ存在しているのかなぁ~とドキドキしましたが。。。
ありましたっ!!!!!
外観はあまり変わっていませんでしたので、すぐにわかりました。
内装とスタッフのお兄さんは変わっていましたが
「チョコレートパフェ」と「ミックスジュースパフェ」は
当時のままでした。その上、値段も据え置きっ!!!
当時、2日に1度、一人でぺロっと食べていた「チョコレートパフェ」を
今回は、大切な人と2人で頂きました。
当時の思い出話を、興味深く聞いてくれるので
思い出しながらゆっくり話しているうちに、
20年前の楽しい思い出がどんどん蘇りました。
「記憶思い出しお手伝いアイテム」に「場所」というのが
加わり、とても幸せな時間でした。
20年間変わらずいてくれた「カフェ」に感謝です。
今度は子どもと行きたいと企んでいます。
ということは。。。あと20年は、頑張って貰いたいです(笑)
みなさんの思い出の場所は何処ですか?
久しぶりに足を運ばれるのも良いかもしれませんねっ♪♪